コラム

今月のコラム

2008年 12月号

歯科医院経営を考える(375)
~インセンティブ~

デンタル・マネジメント
コンサルティング

稲岡 勲

 最近は歯科医院経営セミナーが頻繁に開催され繁盛しているようである。以前のような経営の一般論から極めて具体的な内容になっているのが特徴である。渡される資料も微に入り細をうがった内容で、「明日からでも使える」というのが謳い文句になっている。例えば、「接遇マニュアル」の「診療時の挨拶」では「わざわざ患者さんの前に回って、笑顔で挨拶をする」とあり、初診の場合は、「はじめまして、歯科衛生士の○○です、どうぞよろしくお願いします」と言うように書いてある。

 

 知り合いの院長が経営セミナーを受講して、その内容に感動して帰ってきた。早速自分の医院で実践しようとミーティング時にスタッフに資料を渡し、それを実行しようと張り切っているのだが、院長が熱を入れれば入れるほど、スタッフが白けてきて院長との間に溝ができてしまう。急にこれがよいから明日から実施しようといわれても簡単にハイッと答えられない。これはどこの医院でもよく見かけるケースだが、この院長にはマネジメントのイロハが分かっていない。事例が具体的な内容であればあるほど、現実の自己の医院との乖離が大きくなり、スタッフは違和感を持つのである。気持ちがついていかない、理解はできてもその気にならないのである。だから院長にとっては最高の内容であってもスタッフにとっては別に何の感慨も生まない。だから院長が最初にやるべきは、何故このような挨拶が必要なのか、それは患者にとってどのような意味があるのか、それを実践することによって自分の考えている診療方針とどう合致するのか、更には、自分はどのような理由で経営セミナーを受講しようと思い立ったのかとか、最近の医院の雰囲気や患者の応対に対して、どのような思いでいたか、等を話して、先ずスタッフに期待していること、問題点と今後の方向、自分が理想としている歯科医院像を描いてスタッフに協力を求め、現状との格差を明確にして、その差をどのような行動で埋めていくべきかをスタッフに考えてもらうべきなのである。スタッフが院長の描く理想の歯科医院に近づけるためには何をどう変えていく必要があるかを考え出して初めて、もらってきた資料が生きてくるのである。これを「動機付け」あるいは「インセンティブ」と呼んでいる。ようするに「その気にさせる」ことが重要なのである。これは何もスタッフだけに限ったことではない。患者に対しても同じで、他人の行動を変えようとすれば、必ず必要になる。自費診療を勧めようとするのであれば、自費診療の内容の説明は当然の事だが、その患者が、受診に際してどのような思いでいるのか、何を期待しているのかを充分知る必要がある。「長く持たせる」あるいは「再発しないように」したいのか、「審美(綺麗)性を重視する」のか「金属アレルギーが起こらないよう安全重視」なのか、「とにかくしっかり噛める歯にしたいのか」を丁寧に聞き出すことだ。使用材料や治療内容の説明をして充分患者が内容を把握した上で、それでも安くしたいのであれば保険で治療し、余裕が出たときに保険外で治療しましょう、と言えばよいわけだ。保険診療と自費診療の違いを充分解り易く説明すること。そうして自費診療にするかどうか、患者が気になるのは治療費なのだから、最後にスタッフがキチンと聞いてあげればよいのである。

 

(つづく)

 

〔タマヰニュース2008年12月号より転載〕