コラム

今月のコラム

2013年 6月号

歯科医院経営を考える(429)
~アメリカの訴訟と先進医療~

デンタル・マネジメント
コンサルティング

稲岡 勲

 先日アメリカで開業している歯科医院の先生の話を聞いた。アメリカは訴訟社会で患者との間で何かトラブルが発生するとすぐ訴訟になるという。だから決められた治療手順(標準化された手順)で、決められた薬を投与し、しっかり説明しないと問題になるのだという。しかもEBM(evidence-based medicine)良心的に根拠に基づいた最新最良の医学知識を用いることが前提になっているから大変だという。だから専門雑誌等で治療方法が紹介され、今までの治療方法ではなく新しい治療方法が紹介され、それが医療の現場では主流になっているような治療の場合、それを知らずに治療して患者の満足が得られなかった場合、患者からの訴訟で賠償金を請求されるというだけでなく、その時点で主流になっている治療方法で適切な治療が行われたかどうかが裁判で客観的に判断されるのだという。何とも凄まじい治療の現場ではある。だから如何に患者の訴訟から身を守るかが医療の現場でも重要な課題になっているのだろう。

 

またアメリカのインプラント学会に所属している別の先生の話も聞く機会があったが、アメリカインプラント学会では、昨年、機材から材料、スタッフまで全て自前で準備して、ニカラグア(だったかホンジュラスだったか聞き間違っているかもしれない)に出かけて、現地の人でインプラントの植立を希望する人に無償で治療を実施したという。とにかく1週間ほど滞在して、その間に1日に何人もの人にインプラントを入れることでインプラントの腕を磨くというのである。この話も凄まじい。机上のシミュレーションをいくらやっても腕が上がるわけではない。それよりも実際に何十人かの開発途上国の人に多くのインプラント植立すれば確かに腕は上がるかもしれない。現地の人にインプラントを入れて、その後どうしているのかは聞かなかったが、患者の訴訟を前に、徹底して自己の腕を上げるためにそのような方法を実践している。こうした話を聞くと、われわれが理解している医療というものの概念がちょっと違って見える。医学の進歩のためにはそれも必要だということは理解できても、すんなり納得はできず、胸につかえるものを感じるのは何故なのか。

 

確かにアメリカの医療のレベルは、極めて高いレベルの医療だとは聞いているが、全てがそうではないにしても、高い医療のレベルはそのような形で達成されているのだろうか。支払能力のある人への最高の医療レベルを保証する一方で、無保険者が4000万人もいるというから、その意味で我々日本人の医療に対する意識とは根本的に違うと思う。公的医療保険に見られるように、われわれには万人共通の、誰でもが受けられるのが医療だという意識が強い。アメリカ社会の訴訟の多さが、逆に医療の進歩を促しているのかもしれないが、アメリカのような高度な医療でなくても、差別なく誰でも受診できる医療の方がすんなり受容できるのは筆者だけだろうか。

 

(つづく)

 

〔タマヰニュース2013年 6月号より転載〕