コラム

今月のコラム

2012年 5月号

歯科医院経営を考える(416)
~包括歯科臨床~

デンタル・マネジメント
コンサルティング

稲岡 勲

 前月のタマヰニュース(788号)の「歯科医院経営を考える」(№415)では、筆者の義歯装着の例を取り上げて「治療の会話術」という話題を掲載したが、読者の一人の先生からお手紙を頂戴した。上記原稿の中で治療をしてくれた先生の治療方法についての説明が今一つ明瞭ではないことを嘆いた下りがあった。それに対して手紙をくれた先生が懇切丁寧に、先生と患者との問答集の要領で説明してくれているのである。図入りで実に8ページにわたる解説をしていただいた。ただただ恐縮の限りである。

 

それにしても実に分かり易い説明で患者の疑問に的確に答えてくれている。先ず「第1大臼歯」を抜いた場合と、「第1大臼歯」「第2大臼歯」の2本を抜いた場合の違いを説明されている。第1大臼歯だけだと噛む能力の低下は10%程度だが、大臼歯2本を抜くと35%くらいに大きく低下するという。確かに実際に実感することだが、さらに患者の言い分として(第一大臼歯を抜いて)さらに「第2大臼歯」を抜いた時に、「2~3日はすごく不自由でしたが、最近余り不自由さを感じなくなってきました。ここに歯を作る必要があるのですか?」この患者の素朴な疑問は事実そのものだ。経験してみないと分らないかもしれないが、慣れてくると別に入れなくてもそれほど違和を感じないのである。しかしその時先生は次のような指摘をされている。「抜いてなくなった時点では、急に噛めなくなるので不自由ですが、段々反対側や前歯でこれを補ってしまうのです。しかし実際には十分に噛みこなれていないのです。慣れというのは恐ろしいもので無くても平気になってしまいます。でもこれが良くないことは、先ずカマボコを噛んで出してみます。すると大きな塊になって出てきます。要はよく噛めていないものを飲み込んでいるわけで、そのつけは胃が少し悲鳴を上げているわけです」このような下りの会話は、本当に患者の身になってみないと分らないのではないか、患者心理を見抜いた実に的確な指摘であると思う。患者もこのように説明されたら納得でき、「やっぱり入れた方がよさそうなので義歯を作ってください」ということになる。

 

筆者の場合は先生が挙げていただいた中の「ノンクラスプデンチャー」だと分ったが、治療してくれた先生もいろいろ配慮した上でこれが一番適切だと判断してくれたのだと理解でき感謝している。「包括歯科臨床とは、患者さんを、その人の生活の中で理解し、その病態を炎症と力の要素について包括的な視点から診査し、顎口腔系の調和を乱す因子を見つけ、取り除き、生体の持って生まれた治癒能を引き出す。その不足する部分を補うために修復の手を加える」筒井昌秀、照子先生共著「包括歯科臨床」(クインテッセンス刊)とあるが、生きた人間を見据えるという原点が不可欠なのだと教えてくれていると思う。

 

(つづく)

 

〔タマヰニュース2012年 5月号より転載〕